8020  No.13  2014-1

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サイエンス

味覚は、甘味、うま味、塩味、酸味そして苦味が5基本味として知ら

れており、それぞれカロリー、タンパク質、ナトリウム、腐敗物そして
毒物を探知する役割を担っています。近年の分子生物学の発展により、
長年謎であったこの味覚受容のメカニズムが今急速に解き明かされてき
ており、さらに肥満・糖尿病との関連も見えはじめてきました。

1.肥満・糖尿病db/dbマウスの

   味覚応答

私たちの研究室では、甘味感受性に関連する複

数の遺伝子がマウス第4染色体*

注イ

にあることを

1980年代に遺伝学的解析から推定しており

1)

、そ

の中からdb遺伝子(dbはdiabetesで糖尿病の略)
に注目しました。その理由は、このdb遺伝子が働
かなくなっているdb/dbマウスは肥満・糖尿病のモ
デルマウスとして知られており、高インスリン*

注ロ

血症、高血糖症、摂食亢進症、肥満を発症し、イン
スリン分泌を担う膵臓のβ細胞が甘味物質であるグ
ルコースによく反応することが報告されていたため
です(図1)。つまり、味を起こす味細胞も糖に強く
反応するのではないかということから研究がスター
トしました。

そこで、このdb/dbマウスの甘味物質に対する感

受性を調べるために、舌にある味蕾*

注ハ

からの味情

報を脳に伝える味神経の活動を記録しました。この
結果、db/dbマウスは正常マウスに比べて、ショ糖
やサッカリンに対してよく反応していることがわか
りました(図2)。次に、水に比べて甘味溶液をどれ

だけ飲むか飲水量を調べた結果、甘味溶液をよく飲
むことがわかりました。このことから、db遺伝子の
欠損により、マウスは甘味物質をより甘く感じ、よ
り好んで摂取するようになり、この味覚の変化が肥
満・糖尿病へつながる原因のひとつとなっている可
能性が推定されました

2)

2. レプチンおよびレプチン受容体

Ob-Rbの発見

1994年、遺伝的に過食で肥満を発症するob/ob

マウスに、正常マウスの血液を輸血すると肥満マウ
スの食欲が低下することをヒントにして肥満遺伝子
ob(obはobeseで肥満の略)の遺伝子産物として“レ
プチン”が発見されました。レプチンは脂肪細胞な
どから分泌されるホルモン*

注ニ

で、主に脳にある視床

下部(摂食を制御する中枢)に作用し、摂食を抑制し、
エネルギー代謝*

注ホ

を促進することで、肥満を抑制す

る働きがあることが明らかにされました(図3)。

このレプチンの発見に続いて、1995年、db遺伝

子の産物がこのレプチンの受容体“Ob-Rb”

(Obese 

Receptor isoform bで肥満受容体bの略)であ
ることが明らかにされました。db/dbマウスでは
Ob-Rbの細胞内領域の一部が欠損しており、情報伝
達ができないためにレプチンの肥満抑制がみられず、
肥満・糖尿病になってしまうことが明らかにされま
した(図3)。これらのことから、db/dbマウスでみ
られた甘味感受性と嗜好性の増大に、研究開始当時
には正体が不明であったレプチンとOb-Rbが関与す
る可能性が浮上しました。

九州大学大学院 歯学研究院 口腔常態制御学講座

口腔機能解析学分野 准教授

 

 

重村憲徳

味覚のメカニズムと肥満

しげむら・のりあつ
九州大学大学院歯学研究院准教授、歯学博士。 1996年
九州大学歯学部卒業、2000年九州大学大学院歯学研究
科歯学臨床系専攻博士課程修了、同年生物系特定産業技
術研究推進機構派遣研究員、01年九州大学大学院歯学研
究院歯学部門教員、現在に至る。1970年11月生まれ、
兵庫県出身。研究テーマ:マウスおよびヒト味覚の受容伝
達メカニズムの解明

PROFILE

うま味

塩味

酸味

苦味

甘味

●サイエンス