●WHO Oral Health Country/Area Profile ProgrammeのOral Health Profiles for Countries ( http://www.whocollab.od.mah.se/countriesalphab.html )から、世界各国の口腔保健状況に関するデータを収集した。アルファベット順に並べられた世界203か国・地域別に口腔保健に関するデータがまとめられているが、記載内容は国・地域により異なっている。そこで、1か国ずつ記載内容の詳細を確認し、乳歯う蝕、永久歯う蝕、歯周疾患に関するデータがある場合にはそれを抜き出して表1〜3にまとめた。なお、調査を行った年、対象年齢、データの出典(情報ソース)などの情報も合わせて収集して記録した。
表1に世界各国の乳歯う蝕の有病状況について示す。乳歯う蝕に関する記載があったのは、203か国中82か国であった。しかし、その82か国の記載内容はばらばらであり、対象年齢は0〜10歳と幅広い範囲にわたっていた。その中で、一番記載の多かった年齢は5〜6歳児に関するものであった。
そこで、6歳児の記載があった60か国について、WHOの6つの地域別(ヨーロッパ、アフリカ、東地中海、東南アジア、西太平洋、アメリカ)に分けて、う蝕有病率、dmftについて比較してみた(図1)。その結果、世界的な傾向として、乳歯う蝕は東南アジア、東地中海、西太平洋地域において多く、アフリカやアメリカ地域では少ないことが判明した。また、dt、mt、ftの構成割合をみると、どの地域においても未処置歯(dt)の割合が最も高く、アフリカ、東南アジア、東地中海地域では約90%を占めていた。アメリカやヨーロッパでは他地域と比較して処置歯(ft)の割合が高かった。
表2に、世界各国の永久歯う蝕の有病状況について示す。永久歯う蝕の記載が最も多かった年齢は12歳児であった。表3に、表2をもとに作成した世界各国の12歳児のDMFTを示す。WHOは、2001年9月の時点で12歳児のDMFTは世界平均で1.74歯(推定値)となり、12歳児のDMFT3歯以下を達成した国は128か国であったと報告している。ただし、この表3に示されている12歳児のDMFT値は、対象年齢が7〜12歳、12〜15歳、12〜13歳、11〜14歳の国も含まれており、また、調査年も1973年から2002年までと30年以上の期間に及んでいる。
図2に、WHOの6つの地域別に分けて、12歳児のう蝕有病率、DMFTを比較してみた。う蝕が最も少なかったのはアフリカ地域であった。一方、ヨーロッパやアメリカ地域では有病率もDMFTも高い傾向を示した。アフリカ地域ではその構成成分のほとんどが未処置歯(DT)であり、処置歯(FT)はごくわずかであったが、ヨーロッパ地域では、処置歯が約半数を占め、地域によりう蝕の処置状況に差が認められた。
また、国別の12歳児のDMFT、有病率、DMFの構成割合の記載があったものを、図3に地域ごとにまとめてみた。今回調査した国の中で、最もDMFTが低かったのは、ヨーロッパ地域ではスイス(0.84歯、1996)、アフリカ地域ではガーナ(0.10歯、1991)、東地中海地域ではジブティ(0.86歯、1990)、東南アジア地域ではインド(0.86歯、1993)、西太平洋地域ではオーストラリア(0.80歯、1998)、アメリカ地域ではベリーズ(0.6歯、1999)であった。一方、最もDMFTが高かったのは、ヨーロッパ地域ではセルビア(7.80歯、1994)、アフリカ地域ではモーリシャス(4.90歯、1993)、東地中海地域ではレバノン(5.70歯、1994)、東南アジア地域では北朝鮮(3.00歯、1991)、西太平洋地域ではブルネイ(4.90歯、1994)、アメリカ地域ではガテマラ(8.10歯、1987)であった。
図4に、WHOの6つの地域別に分けて、35〜44歳のう蝕有病率、DMFTを比較してみた。有病率に関しては、75〜90%と地域差が比較的少なかったが、DMFTには大きな地域差が認められた。DMFTが少なかったのは東南アジア、アフリカ地域であり、アメリカやヨーロッパ地域ではその2〜3倍高いDMFTを示した。DMFTの構成割合としては、喪失歯(MT)の占める割合が高くなり、どの地域においても1/3以上を占めていた。ヨーロッパやアメリカ地域では、処置歯(FT)の占める割合が未処置歯(DT)より多かったが、アフリカや東南アジア地域では反対に、未処置歯(DT)の占める割合が処置歯(FT)より多かった。
表4に、世界各国の歯周疾患の有病状況についてCPI indexを用いて調査した結果を示す。100か国のデータが記載されており、最も多い調査対象者は35〜44歳、調査年は1981年から1993年の約10年間に行われていた。
1981年に初めて国際的な口腔保健目標が設定され、その中で、「口腔保健の変化を監視するためのデ−タベ−スを確立する」という目標が挙げられた。しかし、これまで情報発信を行ってきたWHOのデータバンクの内容をみる限り、12歳児のDMFTや基準年齢としての5〜6歳、12歳、35〜44歳、65〜74歳など、いくつかの共通事項は認められるが、各国の口腔保健データには統一性が認められなかった。
多くの国で、それぞれ独自の歯科疾患実態調査や学校保健統計調査などが行われているが、それらが英語ではなく母国語で報告されていたり、調査結果が学術論文として公表されていないために、最新のデータ収集ができなかったことが推測される。また、国の口腔保健への予算、歯科医療従事者、保健医療施設などの資源の格差、また、保健担当者の口腔保健への関心度の高低も、各国における口腔保健情報の収集と発信に対して大きな影響を及ぼしたと考えられる。このような状況を鑑みると、今後、各国の口腔保健に関する最新情報を幅広く同じ基準で収集することは非常に難しいと思われる。
今回、新しく提示された2020年までの国際口腔保健目標では、目標設定の枠組みが示されただけで、数値は各国が現状に合わせて設定できるように工夫されている。”Think globally, Act locally”の実践を目指したものであり、極めて現実的である。わが国においても、「健康日本21」の中で同じような取組みが行われている。例えば、「歯の健康」の目標として、2010年までの国の目標値が提示されているが、地域においてはその実情にあった目標を独自に設定して、活動を行うことが推奨されている。また、中間評価を行い、その結果を活用して計画の軌道修正を行い、さらに目標達成に励むことが求められている。
わが国においては、幼児から高齢者に至るまで口腔保健に関する疫学資料がこれまで十分蓄積されており、今後、国際保健のデータ収集に関してもっと積極的に関与していくことが望ましいと考えられた。
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