データバンク

世界口腔保健報告書 2003年

世界口腔保健報告書2003年:21世紀における口腔保健のさらなる改善(翻訳)
- WHO国際口腔保健プログラムのアプローチ -

The World Oral Health Report2003: continuous improvement of oral health in the 21st century
- the approach of the WHO Global Oral Health Program

Poul Erik Petersen
WHO, 口腔保健プログラム, ジュネーブ、スイス

Community Dentistry and Oral Epidemiology 2003 (Supplements 1) 3-24.

要約

慢性疾患および外傷は、世界のいくつかの地域において大きな健康問題となっている。世界中でみられる急激な疾病構造の変化は、砂糖の大量摂取、タバコの使用拡大、アルコール摂取の増加など、ライフスタイルの変化と密接に関連している。口腔疾患は社会環境要因に加えて、これらのライフスタイル要因と大きく関連している。ライフスタイル要因は多くの慢性疾患のリスクとなり、また、フッ化物への適切な暴露や良好な口腔清掃習慣など予防的要因ともなりうる。口腔疾患は、世界のすべての地域においてその高い有病率と発生率から、また、社会的に不利な状況にあり恵まれない人々が最も苦しんでいることから、さらに、痛みや苦しみ、機能障害、QOLへの影響といった問題から、大きな公衆衛生問題としてとらえられている。いくつかの先進諸国において従来の歯科診療は非常に費用のかかるものであり、多くの低~中所得国においては容易に歯科治療を受けることはできない。共通リスクアプローチとして加えられたWHOの非感染性疾患の予防と治療の国際戦略は、口腔疾患のコントロールと予防管理のための新たな戦略である。WHOの口腔保健プログラムは、口腔保健状況を世界的に改善していくため、非感染性疾患の予防とヘルスプロモーション部門の中で、その役割を他の技術プログラムとリンクさせて強化している。本書では、現在の口腔保健状況と国際的な動向が述べられ、21世紀に口腔保健をより一層改善していくためのWHOの戦略とアプローチの概略が記載されている。

キーワード: 共通リスクファクター、疾病予防、保健政策、ヘルスプロモーション、口腔保健、WHO

「世界保健報告書2002年(World Health Report 2002)」は、今日、人類の健康にとって非常に重大なリスクとなる世界中で発生している疾病、障害、死亡について述べている(1)。これは大変興味深いものであるが、もしこれらのリスクファクターが今後軽減された場合、次の20年間にどれくらいこれらの苦しみを回避することができるかを指摘していることの方が、より一層重要である。この報告書は、リスクファクターを軽減する費用効果が高い介入方法をいくつか提示している。介入方法とは、広義には「健康を改善するために行われる健康増進、予防、治療、リハビリテーションなど、あらゆる健康行動を示す」と定義されている。明らかな健康面で恩恵とは別に、健康に対するリスクを軽減することは、人類にとって持続的発展を推進し、社会の不公平等を減らしていくことになるだろう。
WHO における非感染性疾患・メンタルヘルス部門の役割・任務は、生涯を通してヘルスプロモーションを実践していくための国際的指導力を発揮することと、加盟国がこれらの疾病によって引き起こされる不健康、障害、早期死亡を減少するよう支援していくことである。非感染性疾患の予防に対する国際戦略によって定められた優先順位に基づき、適用可能な資源を適切に配置していかなければならない。


以下のような行動を実践していくことが推奨されている。

科学研究へのさらなる支援を行い、サーベイランスシステムや国際情報へのアクセスの改善などを行って、
リスクを予防するための保健政策づくりを行う。
タバコの消費、健康によくない食品、安全ではない飲料水、衛生意識の欠如、HIV/AIDSと関連した危険な性交渉など、国際的に増加している健康を脅かすハイリスク因子を予防するための効果的な保健政策づくりを最優先課題とする。
リスクマネージメントを改善し、人々の健康意識を向上させ、健康に対するリスク因子を理解しやすくするために、国際的かつ部門横断的な協力体制を強化する。
行動を起こす際には、政府、地域社会、個人レベルでの活動のバランスを保つ。

低~中所得国および高所得国において未だに多い非感染性慢性疾患は、近年、多くの最貧困国において急激に増加している。このことは、これらの国々で絶え間なく発生し続けている感染症と相まって、二重の苦しみとなっている(1)。
非感染性疾患の予防・ヘルスプロモーション部門(NPH)のテクニカルプログラムの一つであるWHO 国際口腔保健プログラムの目的は、疾病予防や健康増進などの新しい戦略に伴い、その方向性を変化させてきた。NPHやその他の部門の優先プログラムや外部関係者とより効果的に協力して、オーラルヘルスプロモーションおよび口腔疾患の予防に関する国際政策を進展させることが強調されている。

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1.WHOのオーラルヘルスプログラムの政策基盤

1. 口腔の健康は全身の健康に統合され、また、全身の健康にとって重要なものである

口腔の健康とは、単に歯の状態が良いということを示すものではない。口腔の健康は全身の健康とも関連し、well-beingに不可欠なものである。頭蓋顔面領域の口腔、歯列、頭部顔面組織に影響を与える慢性の口腔顔面領域の疼痛、口腔咽頭部の癌、口腔組織病変、唇顎口蓋裂のような先天的疾患などの疾患や障害がない状態も意味している。


2. 口腔の健康はQOLの決定要因である

頭蓋顔面領域には、会話、笑顔、接吻、触れ合い、嗅覚、味覚、咀嚼、嚥下、痛みで泣くなどの機能や、細菌感染や環境の脅威に対する防御作用がある。口腔疾患のために、毎年世界中で学校、職域、家庭での活動が制限されたり、時間損失が生じている。さらに、口腔疾患による心理的影響は、QOLを著しく減少させることもある。


3. 口腔の健康-全身の健康

口腔と全身の健康との関係については、エビデンスが明らかである。例えば、重度の歯周病は糖尿病との関連が報告されている(2)。口腔疾患と非感染性慢性疾患との強い関連は、主に共通のリスクファクターが原因である。多くの全身疾患の症状は口腔内にも出現し、それが口腔疾患のリスクを増加させることにもなり、また、逆にそのことが多くの全身疾患のリスクファクターともなってしまう。
口腔の健康に対する広義の解釈は、う蝕や歯周病という口腔の二大疾患をないがしろにするものではない。この二つの疾患はコミュニティーケア、プロフェッショナルケア、セルフケアの実践で効果的に予防し、コントロールすることができる。


4. 適切な口腔ケアが早期死亡のリスクを減少させる

多くの症例で、疾病の早期発見は生命を守るために必要である。精密な口腔診査を行うことによって栄養不足だけでなく、細菌感染、免疫不全、外傷、口腔癌などの様々な全身疾患の兆候を捉えることができる。頭蓋顔面組織はまた、直接、目で見ることのできない他の身体器官や機能を理解するのに役立つことがある。例えば、唾液腺は外分泌腺の一つであり、唾液検査によって全身状態や疾患の兆候を把握する貴重な手がかりを得ることができる。


5. 適切な口腔ケアが早期死亡のリスクを減少させる

世界的にみて人々の著しい口腔保健の改善がみられる一方で、多くの国々で、特に先進国においても、開発途上国においても恵まれない最貧困層において、いまだに問題が残っている。歴史的にみて、う蝕と歯周病は国際的に最も重要な口腔保健問題と考えられている。現在、国や地域により口腔疾患の分布や重症度は異なっている。多くの疫学的調査によって、社会行動因子や環境因子が、口腔疾患や口腔保健に重要な役割を果たしていることが明らかにされている。

多くの先進工業国において、う蝕はいまだ主要な口腔疾患であり、児童・生徒の60-90%、また、成人のほとんどが罹患している。アフリカ諸国ではう蝕は、それほど多くなく重症でもないが、いくつかのアジア諸国やラテンアメリカ諸国においては、う蝕は最も有病率の高い口腔疾患である。2000年におけるWHO の6地域別の12歳児のDMFTを 図1 に示す(3,4)。現在のところ、DMFTはアメリカ地域で高く、アフリカ地域では比較的低い。しかしながら、アフリカの多くの開発途上国では、生活状況の変化に伴い、特に、砂糖消費量の増加やフッ化物応用の低さなどが原因となって、今後、う蝕有病が高くなると予想されている。

多くの開発途上国では、口腔保健サービスの利用には限界があり、未処置のまま放置されたり、痛みや不快感があると抜歯されている。世界の人々の中には、現在でも歯の喪失を加齢に伴う自然現象として捉える人が多い。先進工業国では、近年成人の歯の喪失は減少傾向を示しているが、65歳以上の無歯顎者率がまだ高い国もある (表1) 。
世界的にみると、多くの子供が歯肉炎の兆候を示し、また、成人のほとんどは歯周病の初期症状を呈している。 図2 に、WHO の各地域別の35-44歳成人のCPIインデックスで測定した歯周組織の状況を示す(4)。将来、歯の喪失を引き起こす可能性のある重症の歯周病は、地域人口の5-15%にみられる。また、早期の歯の喪失を誘発する青少年期に発症する重篤な侵襲性歯周炎は、若年層の約2%にみられる(5)。

先進国では、喫煙が成人歯周病の主なリスクファクターであると報告されており、この年齢層の歯周病の半数以上の原因であると言われている(6)。禁煙をすることによってリスクは軽減され、歯周病の有病率はタバコの使用を減らした国では減少している(7)。

口腔咽頭領域の癌は予防可能な疾患ではあるが、口腔保健プログラムにとって今後挑戦しなければならない課題である。口腔癌の発生率は男性が高く、世界的にみるとすべての癌の中で8番目に多い癌である (図3) (8)。男性の口腔癌の発生率は、人口10万人当たり1%~10%であり、国によって大きく異なっている。南・中央アジアの地域では、口腔癌が癌発生の上位3位内に入っている。また、デンマーク、ドイツ、スコットランド、東・中央ヨーロッパ地域などでは、口腔咽頭領域の癌の発生率が急激に増加していると報告されており、また、オーストラリア、日本、ニュージーランド、アメリカにおいても増加率は少ないが口腔癌は増えている(8)。

アジア地域では、調整年齢における人口10万人当たりの口腔癌の発生率は、中国では0.7、タイでは4.6、インドでは12.6である。発生率の高さは、喫煙やスモークレスタバコ(betel nutやmiangを噛む習慣)、飲酒などのリスクの高い行動と直接関連している。例えばタイでは喫煙率は60%、betel nutを噛む習慣のある者は15%、飲酒率は35%である(9)。
このような状況であるにもかかわらず、世界レベルでの口腔粘膜疾患に対する系統的な疫学調査がほとんど実施されていないことは、注目すべきことである。地域や地理的条件により、白板症の発生率には0.1%~10.6%の開きがある(4)。紅斑症はあまりみられず、その発生率は1%以下と報告されている(4)。

Qatは東アフリカやアラビア半島の国々で用いられている葉状の覚醒剤様物質である。Qatはお茶として飲まれたり、あるいはタバコのように吸われたりして使用される。しかし、最も一般的な利用法は、新鮮な葉を噛むことである。Qatの消費は、口腔粘膜病変、口腔乾燥症、歯の着色、口腔衛生状態の悪化、歯周病など、口腔にとって有害な作用を引き起こす。

地域により、口腔保健状況は異なっている。いくつかの開発途上国では口腔疾患が増加しており、アジア・アフリカ諸国は、水癌、急性壊死性潰瘍性歯周炎、前癌病変、口腔癌などの大変深刻な口腔疾患への対応に早急に取り組む必要がある。アフリカ、ラテンアメリカ、アジアの3-5歳児の水癌の症例では、その90%が治療を全く受けることなく死亡していると報告されている(図4)。

さらに、アフリカ・アジア地域ではHIV / AIDSの罹患者が多く、これらの疾患による口腔内症状がよくみられる(10)。HIV / AIDSによる口腔内症状としてはカンジダ感染、毛状白板症、口腔潰瘍、歯肉出血、壊死性歯周炎、白板症、カポジ肉腫などが頻発する。

う蝕や歯周病とは対照的に、口腔外傷の頻度や重症度に関する信頼できるデータは少なく、特に開発途上国では欠如している(11)。ラテンアメリカのいくつかの国では学童の15%に口腔外傷がみられたという報告があり、また、中東では、6-12歳児の口腔外傷の発現率は5-12%であったと報告している。しかし、先進諸国による最近の報告によると、6歳児において口腔外傷は増加しており、その発現率は16~40%であった。また、12-14歳児では4~33%であった(11)。口腔外傷の多くは、スポーツ、安全管理の悪い運動場や学校、交通事故、暴力などと関連して発生する。先進諸国では、口腔外傷患者に対する治療や経過観察のためにかかる費用は高い。

いくつかの国々、主に北ヨーロッパや北アメリカ諸国のデータから、種々の不正咬合の出現率を推測することは可能である。例えば、Dental Aesthetic Index(DAI)によると、顎顔面異常の発現率は10%と報告されている(12)。不正咬合は疾病ではないが、QOLに影響を及ぼす場合もある歯科的な偏位であるといえる。矯正治療が口腔の健康や機能を向上させるという十分な科学的根拠は示されていない。審美性の改善によって社会的、心理的に良好な状態となる可能性があることが、矯正治療実施の理由とされることが多い。

唇裂や口蓋裂などの頭蓋顔面部異常の診断や治療は、公衆衛生学的に大きな課題となっている。唇顎口蓋裂は500-700人に一人の割合で発生する疾病であり、その割合は人種や居住地域によって大きな違いがある(14)。特別なヘルスケアが必要とされるその他の疾病としては、ダウン症、脳性麻痺、精神発達異常、口腔顔面領域の欠陥を伴う染色体・遺伝子異常などがある。唇顎口蓋裂には発育期の環境要因が大きく影響し、母親の喫煙、飲酒、栄養因子はハイリスク因子と考えられている。しかし、唇顎口蓋裂に関する経時的な変化や社会経済的要因による違いについては、これまで確かな研究結果は示されていない(14)。世界の多くの地域において、特にアフリカ、中央アジア、東ヨーロッパ、インド、中東地域では、頭蓋顔面部異常の発生率に関するデータはほとんどないに等しい。


6. 口腔疾患の苦しみと共通するリスクファクター

口腔疾患は、問題の大きさから考えると、公衆衛生上の大きな課題である。口腔疾患に罹患した場合の痛みや苦しみ、機能障害、QOLの低下が、個人や地域社会に与える影響は非常に大きい。口腔疾患に対する伝統的な歯科治療は非常に費用がかかり、ほとんどの先進諸国において4番目に治療費の高い疾病となっている。また、多くの開発途上国では、たとえ治療の提供が可能であったとしても、子供のう蝕治療費だけで子供の医療費全体の予算を越えてしまう(15)。
多くの慢性疾患や外傷において、コアとなるリスクファクターは共通している。非感染性の主要4疾患(虚血性心疾患、糖尿病、悪性腫瘍、肺疾患)は、口腔疾患と共通のリスクファクター、すなわち、生活習慣と関連した予防可能なリスクファクターを有している。例えば、食餌要因は非感染性疾患と関連しているが、う蝕の進行にも影響している。また、喫煙は、口腔癌の発生原因の90%以上とされており、歯周組織の破壊を進行させ、口腔衛生状態を悪化させ、その結果、歯の早期喪失を導く。
すべての疾患の最大の苦しみは、社会的な不利な立場に置かれている人々に重くのしかかっている。共通するリスクファクターへのアプローチを行うことの主なメリットは、ハイリスクの集団を含むすべての対象者の健康状態を改善できることであり、その結果、不公平が解消される。慢性疾患に対しては、この共通アプローチ法によって解決策が見つけられるだろう。WHOの非感染性疾患の予防とコントロールのための世界戦略は、口腔疾患の予防とコントロールに対する新しいアプローチ法である。リスクファクターのレベルとパターンを継続して調査していくことは、地域での予防活動やオーラルヘルスプロモーションを計画・評価していく上で最も重要である。


7. 口腔保健のサーベイランスと目標

1979年、WHOによって口腔保健に関する最も重要な世界目標が表明された。2000年までに全世界の12歳児のDMFTを3歯以下にすることである。1979年の総会において、この声明は満場一致でWHOの最優先課題として採択された。1983年、「すべての人々への健康戦略」 (WHA決議案36.14)の一部として口腔保健が組み込まれ、1989年には「2000年までにすべての人々に健康を」(WHA決議案42.39)の中に口腔保健が統合されて組み入れられた。さらに、このことを反映して、1994年には世界保健デーのテーマとして口腔保健が取り上げられた。

WHOは数年前から口腔疾患サーベイランスシステム、特に子供のう蝕に関するシステムを発展させてきた。12歳児のDMFTを記した最初の地図は1969年に作成され、先進諸国ではう蝕罹患率が高く、開発途上国では一般的に低い数値であった。データベースが作成され、長年にわたって多くの疫学調査がう蝕罹患に関する変化―すなわち、う蝕罹患率が一部の開発途上国では上昇し、多くの先進国では低下してきたという事実を記載してきた。WHOの方法と基準に則したいくつかの口腔疾患に関する疫学調査も実施された(16)。 図5 , 図6 は12歳児および35-44歳の成人におけるう蝕に関する最近の世界地図である(3,4)。

1980年のWHOの口腔保健データバンク(3)によると、12歳児のDMFTは世界173か国のうち107か国で記載されていた。この中で、51%の国はDMFT3歯以下であり、残りの49%の国は3歯以上であった。2000年のWHO のOral Health Country/Area Profile Programme の中では、184か国の12歳児のDMFTについて記載があった(4)。その中の68%の国は、DMFT3歯以下であった。

多くの先進国で認められたう蝕の減少 (図7) は、生活環境やライフスタイルの改善、セルフケアの向上など、多くの公衆衛生手段による成果である。いくつかの国においては、これまでの改善によって、これ以上の口腔保健の向上は見込めなくなっている。そのため、少なくとも先進国においてはう蝕の問題は解決されたと考えられるようになり、う蝕予防にあてられている現在の貴重な資源を、他の分野に振り替えるようになってきた。しかし、疾病としてのう蝕は撲滅されたのではなく、ある程度まで制御されているだけである。


1981年、WHOとFDIは西暦2000年までの口腔保健目標を共同で定めた(7)。それは、以下の6つの目標である。

5~6歳児の50%をカリエスフリーにする。
12歳児のDMFTを3歯以下にする。
18歳の85%が永久歯をすべて保有するようにする。
35~44歳の無歯顎者の割合を現在のレベルより50%減少させる。
35~44歳の75%が20歯の機能歯を保有するようにする。
65歳以上の無歯顎者の割合を現在のレベルより25%減少させる。
65歳以上の50%が20歯の機能歯を保有するようにする。
口腔保健の変化を監視するためのデ-タベ-スを確立する。

新世紀に入ったが、う蝕に対する予防やコントロール活動だけを強調するのではなく、歯周組織の健康、口腔粘膜病変、口腔前癌病変、口腔癌、顎顔面部の外傷、疼痛、口腔保健に関連したQOLなど、他の重要な口腔疾患にも焦点を当てた新しい口腔保健目標を打ち立てることが早急に必要である。そのような世界的な口腔保健目標は、各国や各地域、また地域のヘルスケア担当者が、地域住民やハイリスク者を対象とした予防プログラムを計画し、また口腔保健システムの質を改善していくために役立つであろう。

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2.WHOの口腔保健プログラムの政策枠組み

20世紀後半には、全身の健康および口腔の健康に関して過去には考えられなかった改善がみられた。しかし、この数十年のめざましい発展をよそに、世界中で何百万人という人々が社会経済の発達や科学技術の進歩による保健医療やQOLの向上といった恩恵を受けることができずにいる。過去十年間に国際保健には大きな変化がみられた。疾病の因果関係に対する考え方が変わり、現在は、社会的、経済的、政治的、文化的要因が健康に与える影響が大きいと考えられており、貧困をなくしていくことで健康状態を良好にしていくことが可能になると言われている。口腔保健システムを含む全体の保健システムには、果たすべき役割がある。保健システムは複雑化し、人々のヘルスケアに対する期待は急激に高まっている。多くの国で国家の果たす役割は急激に変化し、民間部門や市民団体の果たす役割がより大きくなってきた。特に開発途上国では、開発団体、私設の基金、NGOの数が増加し、保健分野での活動が活発になってきている。

WHOの目標は、健康な地域と住民を増やし、不健康と戦っていくことである。以下に示す4つの戦略は、口腔保健プログラムにも関連するWHOの技術的な仕事に焦点をあてる大きな枠組みとなっている。

特に貧困層や社会的に恵まれない人々の口腔領域の疾病および障害という苦しみを減少させること。
健康的な生活スタイルを推奨し、環境的、経済的、社会的、行動的原因によって生じる口腔の健康に対するリスクファクターを減らすこと。
人々の正当な要求に応え、財政的にも公正で、公平な口腔保健状態の改善につながる口腔保健システムを開発すること。
口腔保健を国および地域の保健プログラムに統合させて、口腔保健に関する政策づくりを行い、社会政策の効果的な進展として、口腔保健を推進していくこと。

WHO全体の優先事項と関連して、国際口腔保健プログラムは以下のような優先事項と戦略の方向性を掲げている。

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3.口腔疾患の予防とヘルスプロモーションの戦略と方策

非感染性疾患の脅威と、公衆衛生的に迅速かつ効果的に対応していく必要性によって、第53回世界保健会議 (WHA53.17決議案) において、これらの疾病の予防およびコントロールのための世界的な戦略が打ち出された。共通した予防が可能であり、また生活習慣に関連したリスクファクター(例:不健康な食生活、喫煙)による疾病が優先された。これには、口腔保健も含まれる。口腔保健の推進を行う際に関与する主要な社会環境要因の概略を 図8 に示す。その中には、重要な行動変容が可能なリスク行動がある。

貧しい生活状況、低い教育レベル、口腔保健にとって望ましい伝統、信念、文化の欠如など社会文化的要因は、口腔疾患に対する相対的な危険度を高めている。フッ化物が適切に応用されていない地域や国は、う蝕のリスクが高い。安全な水が手に入らないことや衛生設備の不備は、全身の健康と同様に口腔保健のリスクを高める環境要因となる。口腔疾患のコントロールは、口腔保健システムの利用しやすさと近接性で可能となるが、それは保健サービスがプライマリーヘルスケアと予防を指向したものである場合に限って、疾病のリスク減少につながる。社会文化的要因や環境要因に加えて、このモデルでは口腔清掃の実践、砂糖の消費(量、摂取頻度、種類)、喫煙、過度の飲酒など、変容可能なリスク行動の役割についても強調している。これらの行動は臨床的に口腔保健状況に悪影響を与えるだけでなく、QOLにも影響を及ぼす。

臨床あるいは公衆衛生分野の研究によって、個人によるセルフケア、専門家によるプロフェッショナルケア、地域レベルでの予防方法は、ほとんどの口腔疾患の予防に効果があることが示されている。しかし、資源の制限やコストの問題などにより、口腔疾患に対する適切な介入がどこにおいても可能で、提供できるとは限らない。このことは、口腔疾患の第一次予防の重要性に対する認識が不十分なこととも関連して、特に開発途上国や経済や保健システムが過渡期にあるような多くの国において問題となっている。

ほとんどのエビデンスは、う蝕の予防と歯周病のコントロールに関するものである。ブラッシングやフロッシングなどの個人的な口腔衛生習慣を上手に行うによって歯肉炎は予防でき、それは進行した歯周病変をコントロールするのにも重要である。地域における水道水フッ化物添加は、子供にも成人にもう蝕予防効果がある。水道水フッ化物添加は社会的、経済的状況に関係なく、水道を利用する地域住民全てに恩恵を与えることが可能である。食塩やミルクへのフッ化物添加が、地域の予防プログラムで採用された場合、水道水フッ化物添加と同様の効果が得られる。さらに、専門家によるケアやセルフケアとしてのフッ化物洗口、フッ化物ゲル、フッ化物配合歯磨剤の使用やシーラントの応用も、う蝕を予防する手段である。多くの開発途上国では、購入可能なフッ化物配合歯磨剤の普及が、適切なフッ化物への暴露としてう蝕予防に有効な戦略であるとされている。

人は、疾病を予防し健康を維持するために、自分自身あるいはケアする人に対して行動を起こすことができる。適切な食事と栄養の摂取は、口腔、歯、顎顔面領域の疾病に対する第一次予防である。喫煙や過度の飲酒、貧しい食生活など全身の健康に影響を与える生活習慣は、口腔および顎顔面領域の健康にも影響する。このような個人の生活習慣は、顎顔面領域の先天性欠損、口腔および咽頭部の悪性腫瘍、歯周病、う蝕、口腔カンジダ症などの疾病に対するリスクを高めることと関連している。

地域活動や診療の現場では、口腔疾患の予防とヘルスプロモーションの知識や実践を人々に広めていくことができる。口腔保健従事者は、禁煙プログラムや栄養相談を取り入れることにより、健康的な生活習慣を推進していくために貢献していくことができる。

しかしながら、地域によってあるいは同じ国においても、口腔保健に関する大きな不平等が生じている。これらの不平等は、社会経済状況、人種や民族、年齢、性別、全身の健康状態と関連しているだろう。一般的な歯科疾患は予防可能であるが、すべての地域住民が適切な口腔保健を向上させる手段に関する知識を知らず、恩恵を受けることができずにいる。このような恵まれない人々は、先進国、開発途上国のどちらにも存在する。さらに、多くの国では、オーラルヘルスケアは、国や地域の保健プログラムの中に完全には統合されていない。
今後の大きな課題は、疾病予防の知識と経験を実践プログラムに移すことであろう。社会的、経済的、文化的要因や人口構造の特徴などは、国や地域における口腔保健サービスの提供や住民自身のセルフケアに対し、強く影響を与える。不平等を解消していくには、特異的な口腔疾患に対するハイリスク集団に対して遠大で広範囲のアプローチを行い、既存の保健サービスを利用しやすくすることが必要である。一方、開発途上国においては、プライマリーヘルスケアの一環として基本的な口腔ケアを提供していくことが非常に重要である。そのようなプログラムは、住民の基本的ヘルスニーズに合致し、地域の隅々まで活動を拡大し、プライマリーケアを組織的に行い、効率の良い患者紹介システムを確立しなければならない。

世界的規模で口腔疾患の予防を行っていくためには、特に国内外のNGOやWHO協力センターの口腔保健部門など、現存する協力機関との関係を強化しなくてはならない。WHOは、世界的戦略を実行に移すという責任を共有するために、国際的な口腔保健関連の機関と連携して、世界的規模の協力体制を整えるであろう。特に、貧しく弱い立場にある人々に関して、口腔疾患の変遷やその決定要素などを調査していくことは、WHOが果たすべき大きな責任の一つである。また、セクター間の協力、住民参加、政策決定の支援、口腔保健システムの改革、口腔疾患をコントロールするための地域主体の戦略づくりを進めるための手段などを工夫していくことも、口腔保健向上のためのWHOの役割である。


1. ヘルスプロモーションと口腔保健

健康状態が良好であることは社会的、経済的、また個人の発達にとって重要な資源となる。政治的、経済的、社会的、文化的、環境的、行動的、生物学的要因は健康状態を改善したり、為害作用を与えたりする。ヘルスプロモーション活動は、これらの要因を健康に向かう方向にしていくことを目的としている。したがって、ヘルスプロモーションはヘルスケアを超えた概念である。さらに、ヘルスプロモーションは、すべての部門、すべてのレベルの政策決定者に対して、彼らの決定事項がそのまま健康に影響すること、また、彼らは健康問題に対して責任があることの自覚を促し、健康問題を協議事項として取り上げるようにしていく。ヘルスプロモーションの政策は、立法、財政、税収、組織変更を含むさまざまな手段を組み合わせた幅広いものである。それは支援する環境づくりと地域活動の強化に向かう調和のとれた努力である。ヘルスプロモーションとは、よりよい健康を達成するために優先事項を定め、決断し、戦略をたて、実行し、具体的かつ効果的な地域活動を行うことである。地域の発展とエンパワーメント(能力の付与)は、地域にある人的、物的資源による自助と社会支援、参加と所有を促進していくことで成り立っている。

ヘルスプロモーションは広範に亘る健康の決定要因に対応し、細やかな方針と活動によってリスクを軽減していくことを目的とする。人々が暮らし、働き、学びそして遊ぶ中で、健康を推進していくことは、口腔保健の向上、そしてQOLの向上に対して最も創造的で費用効果が高い方法である。

生きていく上でも、健康上また食料の生産においても、水は不可欠のものである。しかし、いまだに全世界の人口の約20%が安全な水を手に入れることができず、約40%の人たちは適切な衛生管理を欠いている(19)。世界中で、生物や化学物質による汚染などの水質汚濁は多くの疾病を引き起こし、しばしば命に危険なことさえある。衛生管理の不備は、多くの開発途上国でみられることだが、全身と口腔の衛生にも影響を与える。したがって、開発途上国の多くの地域では今もなお、親、養育者、子供たちに対して衛生に関する健康教育を行い、行動変容を促すようにしている。学校における水の衛生設備と口腔衛生に関連して、適切な水の処理を行えるような効果的なプログラムを開発する努力が、地域では必要である。

都市化の進む中で、人口動態や社会環境の変化により、口腔保健活動は今までと違ったアプローチが必要となった。特定の行動にだけ的をしぼった単独の介入方法は、口腔保健状態の改善につながることは少ないようである。最も効果的で持続可能な介入方法とは、社会政策と個人の行動とが結びついたものであり、それによって健康的な生活環境とライフスタイルが促進されていく。

世界的にみると、それぞれの国がオーラルヘルスプロモーションをヘルスプロモーションに統合していくために、WHOによる技術と政策の支援が必要である。この過程において、口腔保健に関与するWHO協力センターの専門性は重要である。また、国は、地域が将来の健康づくりに積極的に貢献することを奨励し、地域活動の強化とヘルスプロモーションを推進していくために、各地域での経験や特徴を生かしていくこともできる。WHO口腔保健プログラムでは‘Think globally, act locally'(地球的規模で考え、地域で行動する)の考えを採用している。対象国におけるオーラルヘルスプロモーションプログラムの開発は、以下のような点に焦点をおいている。

健康の決定要因および口腔保健を推進していく介入方法を計画、
実行する能力を
改善できるような機構を明らかにすること
特に、貧しく弱い立場の人々を考慮した、
地域ベースのオーラルヘルスプロモーションの
活動プロジェクトを実践すること
国のオーラルヘルスプロモーションプログラムを計画し、評価し、
また、実施されている介入方法を評価する能力を培うこと
オーラルヘルスプロモーションの介入による経過とその結果を分析する方法と手段を、
国の保健プログラムの一環として開発すること
国内外におけるオーラルヘルスプロモーション活動を強化するためのネットワークづくりと協力体制を確立すること。WHO超巨大国家プログラムという考えの中で、経験を共有していくためのネットワークづくりに関しても重きをおくこと。

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4.国際口腔保健の優先活動領域

1. 口腔保健とフッ化物

これまでの研究によって、う蝕予防に最も効果的であるのは低濃度のフッ化物を口腔内で持続的に利用することであることが実証されている(21)。したがって、地域ベースの公衆衛生プログラムのゴールとして最も適切な方法は、できるだけ多くの人々が低濃度のフッ化物を持続的に利用できるような方法を開始することである。フッ化物の添加された水道水、食塩、ミルク、洗口剤、歯磨剤、また、専門家によるフッ化物局所塗布によって、フッ化物を利用することができ、また、フッ化物配合歯磨剤と併用して、他のフッ化物応用法を単独あるいは複数使用することでも利用できる。最適なフッ化物濃度のものを長期間にわたって応用すれば、子供においても大人においてもう蝕を減少させることが科学的に証明されている。

しかし、過剰のフッ化物摂取による好ましくない副作用もある。口腔内に低濃度のフッ化物を維持するための方法が選択されたとしても、歯のフッ素症を全く発生させない効果的なう蝕予防法の実施は不可能であることを、これまでの経験は示している。公衆衛生担当者は歯のフッ素症を最小限にとどめて、しかもう蝕を最大限に減少させる方法を探さなくてはならない。

フッ化物は広く世界的規模で利用され、大きな恩恵を人々に提供している。フッ化物配合歯磨剤は世界中で5億人以上の人々が利用している。約2億1千万人が水道水フッ化物添加の恩恵を受け、4千万人がフッ化物が添加された食塩を利用し、6000万人はその他のフッ化物応用(フッ化物歯面塗布、洗口剤、錠剤、点滴剤)を利用している。しかし、実地面や経済的な理由から、多くの開発途上国の人々はう蝕予防のためのフッ化物応用を利用できない状況にある。
WHOのテクニカルレポートNo.846「フッ化物応用と歯科保健」 (1994;21)では、フッ化物配合歯磨剤の使用に関して以下のように推奨している。

フッ化物配合歯磨剤はとても効果的なう蝕予防手段であり、開発途上国において手ごろな価格でフッ化物配合歯磨剤が普及できるようあらゆる努力が行われるべきである。化粧品に課せられる関税や課税の対象からフッ化物配合歯磨剤を除外して、公衆衛生手段として利用することは国民の利益となる。


WHO政策の一つに、開発途上国において手ごろな価格のフッ化物配合歯磨剤の利用拡大を支援することがある。これらの国々では食生活や栄養状態に関して変化が生じていることを考慮すると、これは特に重要である。ある地域における最近の研究によって、購入可能な価格のフッ化物配合歯磨剤を提供することはう蝕予防にとって効果的であることが示されており、開発途上国の保健当局はその利用を推進していくべきである(22)。現在、WHO国際口腔保健プログラムは購入可能な価格でのフッ化物配合歯磨剤、フッ化物配合ミルク、フッ化物配合食塩の提供の有用性をさらに評価するために、アフリカ、アジア、ヨーロッパで実地調査を行っている。

栄養指導を行う際には、全身面からの望ましい栄養摂取行動だけでなく、口腔保健に直接関与する面も強調すること。う蝕の病因のひとつに歯の萌出後における砂糖摂取の影響がある。
母乳栄養を推進するような意識向上運動を推進していくこと。母乳は健康面でさまざまな有益な面があるが、特に、母乳栄養は広範な早期乳歯う蝕(ランパント・カリエス)の発生を予防する。
早期の乳歯う蝕は、砂糖が頻繁かつ長期間にわたって歯に接触することで起こり、睡眠時に甘味飲料を哺乳瓶に入れて飲んだり、欲しがる時に一日中哺乳瓶から飲んだりすることで発生する。
う蝕の最大のリスク因子である甘味飲料の摂取を減らした場合の効果について助言すること。
また、エナメル質の酸蝕症は注目されている問題であり、実際に酸蝕症が増加している国々では、酸を含む飲料水の消費と酸蝕症の増加との関連がみられる。
低~中所得の国々においては、貧しいあるいは遠く離れた辺境地域で暮らしている人々に対して、
精製され工業化された食品ではなくて、適切で健康的で栄養価の高い自然食品を摂取するように奨励していくこと。
口腔がんを予防するような健康的な食生活を提唱していくこと。
新鮮な緑黄色野菜や果物はビタミンA,C,Eといったサプリメントと同様に効果があるといわれている。
アルコールの過剰摂取は、口腔における前癌病変や腫瘍性疾患の重要なリスク因子であり、そのような習慣は改めるべきである。

最近、WHO世界保健機関/FAO国連食糧農業機関は、食事や運動パターンと、栄養が関与する主要な慢性疾患との関連についてのエビデンスに基づき、食生活、運動、健康に関する世界的戦略を発表した(23)。その戦略の目的は、開発途上国および先進国のどちらにおいても非感染性疾患を減少させることである。地域戦略の策定を支援するため、また、各国が栄養に関連した慢性疾患を減少していくための勧告が出された。その中では、砂糖の摂取を総エネルギー量の10%以下にすること、砂糖含有飲食物の消費は1日に4回までに制限することと推奨している。また、砂糖の摂取量が高い国に対しては、国の保健当局や政策決定者が過剰な砂糖摂取を減じるための国あるいは特定の地域ごとの目標を策定することを推奨している。栄養摂取状況が変化しつつある多くの国では、現在、適切なフッ化物の応用が行われていない。そのような国では、国の保健当局の責任として、実行可能なフッ化物プログラムを開始していくべきである。
酸性の飲料水の摂取と密接に関係している歯の酸蝕症の発生を押さえるために、ソフトドリンクやジュースの摂取頻度や量は制限すべきである。また低栄養状態の改善は、エナメル質形成不全やその他の歯科保健における潜在的な低栄養の影響(例えば、唾液腺の萎縮、歯周疾患、口腔感染症)を予防する。
WHO口腔保健プログラムは食生活、運動、健康に関する世界的戦略の実現に貢献している。国家レベルの介入活動が数多く実施されているが、以下に示す領域は強調すべきことである。

口腔保健サービス
学校:カリキュラム、学校給食、学校保健
食品関連企業、スーパーマーケット
レストラン、外食産業
健康関連や他のNGO(非政府組織)
立法と政策
メディア
モニター、サーベイランス、調査研究

各国の保健省は、各部門の協力システムを慎重に検討していくべきである。その戦略には、税金、価格設定、食品ラベルの表示、学校給食政策、栄養プログラム支援等が含まれる。


3.タバコと口腔保健

喫煙率は高所得国では減少しているが、低~中所得国では特に若年層や女性の間で増加している(1,24)。世界の一部の地域でみられる喫煙者と若者のスモークレスタバコの利用者の増加は、次世代の人々の全身および口腔の健康に大きく影響を及ぼすだろう。多くの国において、教育水準が低く、貧困で、社会の主流から取り残された人々の喫煙率が最も高い。
タバコの使用は、早産やいくつかの全身疾患の主な原因となっているが、予防可能なものである。紙巻きタバコ、パイプタバコ、葉巻き、両方向の喫煙、ビンロウジュの噛みタバコ、guhtkaの利用、その他の伝統的なタバコは口腔内に何らかの影響を与える(25,26)。タバコは口腔がん、口腔がんの再発、成人の歯周疾患、子供の口唇裂や口蓋裂のような先天性疾患のリスクファクターである。タバコは口腔内感染に対する免疫応答を抑制し、外科手術後や事故による外傷の治癒を遅延させ、糖尿病患者における歯周組織の退縮 を促進し、心臓血管系に悪影響を及ぼす。さらに、タバコのリスクは、アルコールやビンロウジュの実と一緒に使用すると拡大する。タバコの口腔への影響は、歯周疾患の発症や創傷治癒の遅延だけでなく、口臭を生じるような単純なものから、胎児期の口腔の奇形発生など複雑なものを含め、QOLを低下させる。
WHO口腔保健プログラムの目的は、いくつかの戦略によって、タバコに関連した口腔疾患や異常をコントロールすることである。WHO内では、口腔保健関連のプログラムはWHOタバコ・フリー・イニシアティブの一部として統合されている。外部に対しては、国際的および国の歯科保健機関が、WHOの禁煙およびタバココントロール政策を採択し、またそれを利用することを奨励している。その主なパートナーは、WHO口腔保健協力センターおよびWHOと公的な関係があるNGOのIADRやFDIである。いくつかのプロジェクトがカナダ、欧州連合、日本、ニュージーランド、米国で開始され、中国とインドにおいてもプログラムの実施が検討されている。


口腔保健の専門家が禁煙プログラムを積極的に行っていかなければならないのは、以下に示すようないくつかの倫理的、道徳的、実践的な理由があるからである。

口腔保健の専門家は、喫煙習慣によって引き起こされる口腔咽頭領域への影響について関心がある。
口腔保健の専門家は、定期的に子供や若者、またその保護者と接する機会があり、
タバコに強く依存するようになる前に、喫煙の開始を遅らせたり、タバコ使用を止めたり、
禁煙するよう個別に働きかけることができる。
口腔保健の専門家は、他の臨床家よりも患者と話す時間が多く、健康教育や介入の機会がある。
口腔保健の専門家は、妊娠可能な年齢の女性の治療を行う機会が多いので、
その時にタバコによる赤ちゃんへの為害作用について患者に知らせることができる。
煙していく過程では、ひとつ以上の支援策があった方が効果は高いので、他の臨床家が喫煙者に
タバコを止めるように助言する際に、口腔保健の専門家も同様に働きかけることは効果がある。
口腔保健の専門家は、口腔内のタバコによる実際の為害作用を示すことによって、
患者が禁煙に関心をもつようにしていくことができる。

WHO口腔保健プログラムのタバコに関連した目標は、歯科保健チームおよび歯科保健組織が、患者や住民に対して、直接適切に定期的にすべての形態のタバコ使用を止めるように働きかけることである。

がんコントロールの目的は、疾患の発生率とそれに関連した罹患率の両者を減少させることである。このためには、通常の疾病の発症に関する知識だけでなく、社会的、経済的、文化的要因を理解することも必要である。スクリーニングや早期発見は生命を救うことができる。いくつかの先進国や開発途上国では、口腔がんの予防を含むがん予防プログラムを実施する過程にある。人々に口腔がんの初期徴候やその特徴を教育することは重要である。特に開発途上国では、口腔がんの発見方法を訓練されたプライマリーヘルスケアの担当者は、早期発見や地域社会における関心を高めるヘルスプロモーション活動を通して、疾病予防の大きな力となるであろう。実際にこのような活動を行うためには、効果的な専門機関への照会システムも構築していかなければならない。

WHO口腔保健プログラムは、入念な計画、モニタリング、評価、協力関係の構築によって、口腔がんの予防を国レベルのがん予防プログラムに包含するよう支援している(27)。


4. 学校におけるヘルスプロモーションと口腔保健

1995年に開始されたWHOの世界学校保健イニシャティブは、地区レベル、国家レベル、地域レベル、世界レベルでの健康推進や教育活動を強化し向上させる活動を行っている。このイニシャティブは、学校を通して、子供、学校職員、家族、学校関連の地域住民の健康を改善するために計画された。「健康づくりを推進する学校」とは、生活、勉学、労働の場を健康的な環境にしていく能力を、絶えず高めていくような学校である。WHO世界学校保健イニシャティブは4つの大きな戦略から構成されている(28)。

学校保健プログラムの改善を提唱していく能力を養成する
「健康づくりを推進する学校」を展開していくために、ネットワークを広げ、他との提携を行う
国家レベルでの能力を高める
学校保健プログラムを改善していくための研究を実施する

WHOは、教師を代表する機関が学校において健康を改善する能力や経験を国際的に共有できるように、国際レベル、地域レベルで、大規模な健康づくりを推進する学校ネットワークを通じて、Education International(国際教育機関)、UNAIDS(国連合同エイズ計画)、UNESCO(国連教育科学文化機関)とともに働いている。WHO口腔保健プログラムでは、各国や各地域に設立された学校歯科保健ネットワークとともに、これらのネットワークにもリンクしている。

学校教師を対象とした指導者養成プログラムは、学校においてオーラルヘルスプロモーションを統合していくための国の能力を向上させるために実施されている。WHOの超国家的ヘルスプロモーションプログラムの一部として、WHO口腔保健プログラムは、学校保健担当者が効果のある実践活動の情報交換を行い、また、各国が多くの人々を対象としたヘルスプロモーションを行うよう推奨している。

WHOは、国家レベルの能力を向上させ、また子供と教師の健康状況をモニターしていく学校での健康を改善していく介入研究を収集し、整理している(30)。WHO口腔保健プログラムは、プログラムを開始を奨励し、WHO口腔保健協力センターの仕事を強化していくために、学校歯科保健プログラムのプロセス評価と結果評価の方法論を発展させてきた。


5. 青少年の口腔保健

WHOの定義によれば、青少年とは10~19歳の若者であり、世界人口の5分の1を占めている。自尊心が高く、好ましい社会的スキルを有し、また自分の価値観をしっかり持ち、適切な情報を入手できる若者は、健康に関して肯定的な判断を行う。青少年たちがどのように考え、どのように行動するのかは外的要因によって大きな影響を受ける。両親や家族の影響がある一方で、仲間の価値観や行動は若者により大きな影響を与えている。マスメディア、企業、地域の施設などの彼らを取り巻く広範な環境要因も重要である。青少年期の歯科保健の改善を目指したプログラムには、例えば甘味食品、甘味飲料、タバコ、アルコールの摂取なども取り入れる必要がある。若者の歯科保健のリスクをコントロールするためには、家庭、学校、歯科保健の専門家、地域の組織団体の効果的な連携が必要である。


6. 高齢者における歯科保健の改善

世界人口の年齢構成の分布は変化している。医学の進歩、平均寿命の延伸により、世界的にみて高齢者の割合は増加し続けている。例えば、1998年の世界保健報告によると、65歳以上の人口は3億9000万人であるが、この数値は2025年には2倍になると予測されている。さらに戦後のベビーブーム世代が2011年に65歳となると、高齢者人口は著しく増大するだろう。

多くの開発途上国では、特にアジアやラテンアメリカ諸国では、2025年までに高齢者人口が300%にまで増大すると見積もられている。2050年には60歳以上の人口が20億人となり、その80%の人々が開発途上国で暮らしていると予測されている(32)。この高齢者人口の増大によって、その介護問題に関する非常に大きな挑戦が課せられている。

加齢に伴い、急性感染症が増加するのと同様に、慢性疾患や生死に関わる疾患への感受性は、低下した宿主の免疫システムによって悪化する(33)。がん、心臓血管系疾患、糖尿病、感染症、不良な口腔衛生状態、特に、歯の喪失や重症な歯周病はこの年齢層で顕著に認められる。これらの疾患や状態の結果、障害を引き起こしたりQOLを低下させる。

口腔疾患は通常進行性であり、蓄積性である。加齢とともに、直接的にまた間接的に口腔疾患や歯の喪失のリスクを増加させ、その結果、不健康、病気、慢性疾患を合併する(34)。高齢者においては、高い有病状況やケアを行うことの障害が観察され、以下ような口腔ケアの問題が山積みとなっている。

歯の状態の変化
ケアの必要な未処置う蝕の有病率
歯周ポケット、アタッチメントロス、口腔清掃状態の不良
歯顎、口腔機能の障害
義歯に関連した問題、不適合な可撤式義歯
口腔がん
口腔乾燥症
頭蓋顔面部の痛みと不快感

口腔の健康と全身の健康との相互関係は、特に高齢者に対して重要である。不良な口腔衛生状態は全身の健康のリスクを増大し、咀嚼や嚥下能力を低下させ、栄養摂取に影響する。同様に、全身疾患およびその治療による副作用は口腔疾患のリスクを増加させ、唾液分泌量を減少させ、味覚や嗅覚を変化させ、口腔顔面部の疼痛、歯肉肥大、歯槽骨吸収、歯の動揺を生じさせる(34)。この年齢層では薬剤を何種類か服用している者が多く、さらにそれが口腔の健康に複雑に影響を与えている。その他の口腔保健に悪影響を与えるリスク要因には、砂糖を多く含む食事、手先の器用さが損なわれることによる不適切な口腔衛生状態、アルコールの摂取やタバコ等が挙げられる(35)。

高齢者の口腔ケアに障害となるものは非常に多い。移動することが不自由になると口腔ケアサービスの利用ができなくなり、特に公共交通が不便な郊外在住者の場合は著しく不便である(36)。開発途上国では状況がより一層悪くなり、口腔保健サービスや訪問ケアの利用は難しい。また、退職によって経済的に困窮している場合は、歯科治療費やその見積もり費用を知ると、口腔保健に対する否定的な態度とともに、歯科医院の受診に躊躇することもあり得る。暴力に対する恐怖心から、高齢者は他人に対して不安を抱き、そのことが歯科保健サービスの提供者とのよいコミュニケーションをも妨げている。

いくつかの国では、高齢者は友人や家族から離れて一人で住む傾向がある。社会的な支援の欠如や孤独感や孤立感は、彼らの精神状態やWell-beingに影響する。はっきりしていることは、これらの人たちにはまだ対応できていないニーズがあるということである。保健サービスの提供者は、高齢者の健康状態やWell-beingに影響するこれらの重要な心理的要因があることに気づかなければならない。高齢者が利用しやすく、適切で、満足できるようなきめ細かな口腔保健サービスを提供する必要がある。外科手術を含む複雑な治療計画が立てられるときには、彼らの全身的な健康状態を考慮に入れなくてはならない。特別なニーズ診断や高度な治療計画が必要である。さらに、今後、高齢者の調査研究や研修の機会についても考慮されなければならないだろう(33,37)。

WHOの口腔保健プログラムでは、高齢者の歯科保健を改善する戦略を開発することを意図している。各国で展開されたプログラムの経験をもとにして、国の口腔保健策定者はQOLを向上するような体系的な口腔保健プログラムを統合するように努めなければならない。WHOの口腔保健プログラムは、日本のWHO神戸センター、WHO地域事務局、WHO口腔保健協力センターおよびNGOとの連携によって、これらの戦略を実現できるようにしていくであろう。


7. 口腔の健康、全身の健康、QOL

口腔の健康は全身の健康に統合される。たとえば、歯周疾患は心臓血管疾患や糖尿病のような全身の健康状態と関連している。複数の健康問題をかかえた人は、健康な人よりも口腔疾患のリスクが高く、反対に、口腔疾患があると全身の健康状態はさらに複雑になっていく(38)。ある種の全身疾患は口腔内に症状を現すことがあり、HIVやAIDSのような生命を脅かす疾患の初発症状は口腔病変である。さらに、全身疾患を治療するために用いられる通常の投薬や療法は、口腔の健康やその機能を損なうことがある。

短期間でも治療されないままでいると、口腔疾患は有害な結果を引き起こすことがある。口腔感染は命取りになりうる。口腔感染は多くの一般的な全身疾患のリスクファクターと考えられている。細菌の全身への拡散は、特に免疫系が抑制された人では、身体いたるところで感染を引き起こしたり、重篤な悪化をきたすことがある。心臓血管疾患や糖尿病に罹患している人々は特に脆弱である。う蝕と歯周疾患などの口腔疾患が、他の非感染性疾患と関連していることを示唆する研究があり、その相互関係に関するさらなる研究が必要である。

不良な口腔保健状態は、QOLに大きな影響を与えることがある。疼痛経験、膿瘍の苦しみ、摂食・咀嚼障害、歯の形態、歯の喪失、変色歯、損傷歯等に対して困惑した経験は人々の日常生活やwell-beingに悪影響を与える。近年、多くの研究が口腔の健康がQOLに影響を与えることを証明している(42)。機能的、心理学的、社会的、経済学的な関係や社会口腔保健プログラムの評価に密接に関連する尺度(基準)を評価するために、多くの口腔保健に関連したQOL尺度が開発されている。

過度のアルコール摂取、喫煙や他のタバコの使用、悪い食習慣など全身の健康に対するリスクファクターもまた口腔の健康に影響を及ぼす。これらのライフスタイル行動によってう蝕、歯周病、口腔感染症、頭蓋顔面部の欠損、口腔癌、他の口腔内の異常のリスクが増加することを考えると、口腔と全身の健康のどちらも推進していく統合的なアプローチを採用していく必要がある。共通するリスクファクターへのアプローチは、オーラルヘルスプロモーションを全身のヘルスプロモーションに組み込むために重要である。そのようなアプローチは一つの疾患異常を目標にしたプログラムよりも有効で効果的であろう。

WHO の口腔保健プログラムは、口腔保健を国や地域社会でのプログラムに統合するのに有効な「政策立案のための分析」と「政策分析」の情報ツールを提供する。その第1歩は科学的分析と口腔の健康-全身の健康と共通するリスクファクターに関する国際データバンクの確立である。


8. 口腔保健システム

広範に採択されてから20年以上経過したが、プライマリーヘルスケアによる「すべての人に健康を」の戦略は依然として十分には実行されていない。多くの国において、特に、恵まれない地域においては、人的、財政的、物質的な国の能力と資源は、個人や集団に対して高品質な基本的保健サービスの利用を可能にし、そのアクセスをよくしていくためにはいまだ不十分である。いくつかの国は現在、変革を行っている過程にある。いくつかの国は公共部門全体を改善しつつある。他の国では公的サービスを分散化し、民間部門の参加を推進し、財源や保健サービスの提供方法を再編していくことによって、保健部門を改革している。これらの変革は主として、保健サービスへのアクセスにおける不公平を減少させ、すべての人々をカバーするようにし、また、保健システムの効率を改善することを目的としている。

口腔保健サービスの変化は、保健サービス改革における一般的な動向と一致する。いくつかの欧米先進工業国においては、口腔保健サービスを住民が利用でき、それは予防および治療サービスから成り、また、民間あるいは公的システムに基づいている。一方、貧しい国の人々、少数民族、ホームレスの人々、在宅者や障害者、高齢者などは十分な口腔保健サービスが行き届いているとはいえない。中欧および東欧諸国では、近年、口腔保健サービスの地方分散化と自由化が行われている。民営化に伴い、民間機関で歯科治療を受けられない人が増加している。いくつかの東欧諸国では第三者によるの支払いシステムが導入されているが、予防的オーラルケアは優先されていない。特に、低所得の人々の間では根管治療の需要が増加している。さらに、多くの東欧諸国では、以前行われていた学校歯科サービスが現在中止されているため、多くの子供たちには口腔保健プログラムが提供されていない。

開発途上国では、口腔保健サービスは多くの都心部の地域病院や中央病院で実施されている。予防あるいは修復治療は、仮にあったとしても、ほとんど重要とは思われていない。アフリカ、アジア、ラテンアメリカの多くの国々では口腔保健の専門家が不足しており、口腔保健サービスシステムの範囲は、疼痛緩和や応急処置に限定されている。多くの先進諸国では人口に対する歯科医師の比率は2000人に1人であるが、アフリカではおよそ15万人に1人である。

WHO 口腔保健プログラムは、各国の需要に沿った口腔保健サービスの展開を支援している。口腔保健サービスを予防やオーラルヘルスプロモーションに方向転換する仕事は地域事務局とWHO加盟国との協力で行われている。オーラルケアの基本パッケージが開発されており、その手技はある国では実行可能である。特に開発途上国では、オーラルヘルスケアに必須のプライマリーヘルスケアモデルが奨励されており、社会文化的状況に基づいたいくつかの地域のモデルプロジェクトはWHO 口腔保健プログラムの支援を受けるかあるいは共同で実施されている。さらに、WHO 口腔保健プログラムは「低資源状況における第一線で活躍する保健担当者のためのガイドライン-青少年・成人疾患の総合的対応プロジェクト」の口腔保健部門を計画している。

教育、役割、種類など口腔保健従事者の問題は、これまで大きな関心がもたれてきた。歯科医師の養成が口腔保健のニーズとディマンドに不適切になっていると思われるいくつかの国において、この問題は特に重要となってきている。いくつかの国では、口腔保健従事者の不適切な種類や数という問題に直面している。特に、歯科医師が過剰である国では、歯科助手によってこれまで行われてきた仕事が、現在歯科医師によって行われているという報告もある。このような国では、補助者の導入が遅れている。口腔疾患および社会属性の要因パターンの変化は、いくつかの先進諸国にとって現在の口腔保健従事者の構成を調整することが必要であることを示唆している。開発途上国では、国の口腔保健ニーズと社会基盤に合った人材を養成するための教育プログラムを打ち立てることが必要であろう。


9. HIV/AIDSと口腔保健

HIV/AIDSの流行は、人類を襲っている最も重大な疾病の一つである。2001年には、約4千万人がHIVに感染し、何百万人もの人々がすでにAIDSのために死亡している。また、両親、家族、友人、同僚がAIDSで死亡したり、HIVに感染していることから、さらに多くの人々がHIVに感染していると思われる。HIV/AIDSは今日、最も急速に増大した脅威であり、その流行はサハラ以南のアフリカ諸国とアジア諸国においてとりわけひどいものである。国、国際機関、市民団体、コミュニティー、個人は、この疫病に対してそれぞれ対応してきた。しかし、その脅威の本質や広がりについて十分に理解されていなかったために、初期の対応はしばしば不十分であり不適切なものであった。疫病が拡がり進行するにしたがって、その複雑な原因と効果についての理解が得られてきた。現在のところ、HIV/AIDSに対して、その流行に大きく歯止めができるレベルまで予防とケアに対する確認された戦略を、性別に分けて広く実行していかなければならない。
WHO 口腔保健プログラムは、この疾患の早期の診断、予防、治療に大きく貢献することができる。HIV陽性者のおよそ40~50%には、初期段階で口腔真菌症、細菌性感染、ウイルス性感染が認められることが明らかにされている(10)。HIV感染に密接に関連している口腔病変は偽膜性口腔カンジダ症、口腔毛状白板症、HIV歯肉炎、歯周炎、カポジ肉腫、非ホジキン性リンパ腫、唾液分泌の減少による口腔乾燥症などである。

WHO 口腔保健プログラムは、HIV感染と関連した口腔内状況の疫学研究を実施するための体系的なアプローチを提供していくために、また、そのような研究によるデータの収集、分析、報告、普及啓発のためのガイドラインを用意するために、さらに、異なる研究結果の比較をおこなうために、ガイドを準備している(46)。また、WHO 口腔保健プログラムは、口腔保健の専門家と公衆衛生の専門家が口腔保健をHIV感染と関連した疾患に対する適切なケースマネジメントとサーベイランス活動の統合されたものの一部として対応することを目的としている。

WHO 口腔保健プログラムは、WHO テクニカルプログラムとWHO口腔保健協力センターと調整、協力して、技術的および管理的な支援を行って成功例を広げていくだろう。 そのような活動は以下のことに焦点を当てている

HIV/AIDSの最もよい指標となる口腔内状況をはっきりさせること
適切な医学的評価、予防、治療を確実するために、HIV/AIDSを考証する際には
口腔保健の専門家が関与すること。
口腔内の病変と口腔外の発現症状をスクリーニングする方法を他の保健専門家に訓練すること。
地域や村レベルでの保健医療従事者にまで拡大していくために、指導者養成アプローチを使う。
キャンペーンやコミュニティプログラムによってHIV/AIDSの予防や
ライフスタイルの変容のモニターを行っている国の経験を共有することを目的とした、
地域や地域間レベルでの会合に対して、WHOは支援を行う。
10. 口腔保健情報システム、口腔保健政策のエビデンス、目標の設定

口腔疾患の苦しみと人々のニーズは変遷し、また口腔保健システムと科学知識は急速に変化してきている。これらの変化に効果的に対処するためには、公衆衛生担当者や意思決定者は、保健ニーズを評価、監視し、介入方法を選択し、自分達の環境に適した政策立案を行い、口腔保健システムの運用を改善するための手段、能力、情報を必要としている。

2000年までの口腔保健に関するWHO/FDIの目標では、加盟国に対し、口腔保健情報システムを確立するように促していたが、世界の大部分の国々ではまだ確立されていない。WHO 口腔保健プログラムは、疫学指標に対する追加データを含めた口腔保健情報システムを開発しようとする国を支援していく。

保健情報システムによって得られた情報は、以下に示す相互関連性のあるサブシステムに分類される。

疫学サーベイランス
サービスを受ける住民の範囲
サービス記録とその報告
管理と資源のマネジメント
提供されるケアの質
口腔保健プログラムのモニタリングと結果の評価

口腔保健システムの体系的な評価は非常に大切であり、WHO 口腔保健プログラムではインプット、プロセス、アウトプット、アウトカムを評価する包括的なモデルを提唱している( 図9 )。

WHOでは、口腔疾患とリスクファクターの世界的傾向をサーベイランスするために、情報システムを設置した。WHOの 国際口腔保健データバンクは、口腔保健に関する世界的な疫学状況とその動向をモニターするための貴重な情報から構成されている。WHO 口腔保健プログラムでは現存するデータベースを、リスクファクターに関するWHOの他の保健データベースやサーベイランスシステムと統合しようとしている。主なサーベイランスツールはSTEPS(サーベイランスに対するステップワイズアプローチ)と呼ばれている。このSTEPSは、コアとなる標準化された方法を各国に提供する簡便なアプローチであるが、地域の状況に関連した情報を加えることによってツールを発展させることのできる柔軟性を兼ね備えている(47)。


WHO の口腔保健プログラムはいくつかの活動によって、最新の世界的な健康情報システムを提供している。

WHO 口腔保健調査の基本法(Oral Health Survey Basic Methods)の改訂。
新しい口腔疾患のパターン(たとえば、歯の酸蝕症とソフトドリンクの消費など)を考慮したり、
QOLと口腔保健に対するリスクファクター(リスク行動、たとえば食習慣、喫煙、
アルコール消費、口腔ケア習慣など)の記録を可能にしている。
情報技術を使用して、データのマネジメントと分析手法を進展させる。
WHOの 国際口腔保健データバンク(Global Oral Health Data Bank)と
国/地域のプロフィールプログラム情報システム
(Country/Area Profile Programme information system)とをリンクさせる。
ヘルスプロモーションと疾患予防に焦点を合わせた地域における口腔保健プログラムの
評価に関する方法論と手法の開発。その評価の中には、
プログラムの経験を共有していくためにプロセスの文書化も含む。

WHO 口腔保健プログラムでは、近年、本部や地域レベルでの2000年までの口腔保健に対するWHO/FDI目標の達成度を評価した。新しいWHOの目標の策定は開始されている。WHOヨーロッパ地域事務局は、ヘルシー21政策の一部として2020年に向けた口腔保健達成目標(目標8.5)を策定した(48)。WHO、FDI、IADRは2020年までの新しい目標を共同で準備している。住民集団の口腔保健とケアに関連した重要な指標を扱うために、目的と目標はこれまでより広げられている。この国際目標は指令的になることを意図していない。地域、国家、地区レベルでの保健政策立案者が、疼痛、機能異常、感染性疾患、口腔咽頭癌、HIV感染の口腔症状、壊死性口内炎、外傷、頭蓋顔面部の奇形、う蝕、歯の発育奇形、歯周疾患、口腔粘膜疾患、唾液腺疾患、歯の喪失、ヘルスケアサービス、健康情報システムなどに関連して、基準値を出すように枠組みのみが示されている。
WHO 口腔保健プログラムでは、口腔保健に関する目標やゴールや基準値を設定するために、地域や国の事務局を通して、あるいは直接的に各国を支援している。


11. 口腔保健に関する研究

研究は新しい知識を生むための体系的なプロセスである。生物医学、社会科学、公衆衛生学、情報技術の進歩によって得られた新しい概念は、人類の健康と疾患の診断、予防、治療、倫理、社会的な側面に直接の影響する革新的な介入方法を見つけ出す。しかしながら、知識の進歩は、開発途上国に十分恩恵を与えているとはいえない。たとえば、世界人口の90%が罹患する健康問題には、健康問題に関する研究費のわずか10%しか割り当てられていないと推測されている(49)。経済力、政治的意向、科学資源と能力、国際的な情報ネットワークにアクセスする能力になどでみられる明確な格差は、実際、富める国と富まざる国の間の知識格差を広げている。
研究結果は貧しい人々を含めて、万人に、持続的かつ公平に恩恵を与えるので、WHO 口腔保健プログラムは、口腔保健についての情報不均衡を是正するプロセスに貢献することができる。情報は、特に貧しい人々の健康を向上させていくための主要な手段である。リスクファクターと口腔疾患の苦しみを減少させ、口腔保健システムと効果的な地域の口腔保健プログラムを改善するために、WHO 口腔保健プログラムは、先進諸国と開発途上国どちらにおいても口腔保健関連の研究を行うよう奨励している。特に、口腔保健状況の不公平、口腔の健康・不健康の心理社会的な側面、食生活・栄養と口腔保健、禁煙プログラム、口腔の健康、全身の健康、QOLの相互関係、HIV/AIDSに関する研究はもっと行われるべきである。
研究能力を生み出し、強化していくことは、特に、開発途上国が地域や国外の口腔保健に関する研究ネットワークによって知識の進歩から恩恵を得るための、有効で効果的な持続可能な戦略の一つである。WHO 口腔保健プログラムはいくつかの方法によって、開発途上国のために開発途上国と共に開発途上国による口腔保健研究を奨励してきた。

研究が口腔保健政策の基盤として認められるように、開発途上国における研究能力を
強化するイニシャティブを支援していくこと。
国、地域、地域間の中央ネットワークの中で優先度が高い研究領域に、
WHO口腔保健協力センターを引き込むこと。
地域レベルで、あるいは大学間共同サンドイッチプログラムに基づいて、
口腔保健研究訓練プログラムを推進すること。
世界保健研究フォーラムの枠組みの中で、口腔保健研究における10/90 ギャップを減少させること(49)。
このフォーラムは「不健康と貧困」の悪循環を断ち切るために、優先度を設定した方法、
研究成果の普及啓発と結果の評価に対する支援策を提供する。

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5.結論

不健康な食習慣、喫煙および他のタバコの使用、アルコール摂取、ストレスは、口腔保健を含む多くの非感染性疾患に対する共通のリスクファクターである。国際口腔保健プログラムは、疾患予防とヘルスプロモーションにおける共通のリスクファクターによるアプローチの効果的な実践を可能にするために、本部事務局のNPH内に理想的に設置されている。過去数十年間にわたって、多くの国で口腔保健の改善が認められる一方、まだ行わなくてはならない多くの仕事が残ったままである。課題はたくさんあるが、われわれの業績を積み上げ、効果的な戦略を確立することが重要である。
1986年に採択されたオタワ憲章のヘルスプロモーションの基本原理は、この仕事に対する価値ある基盤を形成し、また、健康とwell-beingに関する重要な前提条件を定めている。それ以来、1988年のアデレードでの会議における「健康的な公共政策」と1991年のスンツバルでの「健康を支援する環境づくり」など、ヘルスプロモーションにおける重要な戦略の妥当性と重要性の進展が強調されてきた。ヘルスプロモーションを21世紀に導くために、1997年のジャカルタでの会議は、さらにオタワ憲章の五つの重要な行動領域について再考した。
種々の住民の異なるニーズに応えていくために、いくつかの国では現在の健康への投資を方向転換すべきである。健康的な公共政策はアクセスを改善し、公平性を促進し、支援的な環境づくりの基本となる。健康に対する公的責任は、変化を促進する力となって、健康的な公共政策づくりの大切な要素となる。健康増進のために効果的な協力関係を築き上げ、健康同盟を形成していくためには、国際的な、国の、また地域の役割は重要である。
この報告書では、国際口腔保健プログラムの優先分野を強調し、実践のための枠組みを提供している。WHO地域事務局はこのプロセスにおいて重要な役割を演じる。NGOからの支援と同様、WHO 協力センターからの専門的な貢献は非常に重要である。成功に導くためには、良好なコミュニケーションと実践活動が必要である。国際口腔保健プログラムは、資源の投資と実践活動によって、口腔保健の公平を達成し、より明るい未来を築くために支援していく。


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