資料:全国4県で実施された高齢者に対する疫学調査の結果から

Ⅰ.目的

1.背景

2.今回の調査の目的

Ⅱ.調査方法

1.調査地区と調査方法

1)岩手・福岡・愛知の各県(悉皆調査)

2)新潟県:

サンプリング調査(70歳と80歳)
予め行った質問紙調査における健診参加希望状況などをもとにサンプリング
訪問健診は実施せず

調査を行った市町村の一覧

健診受診者数と受診率

Ⅱ-ⅰ.調査項目

1)口腔健康状態:

a)口腔診査

b)その他

2)全身健康状態:

a)体格

身長と体重を測定(BMIを算出)

b)視力

眼鏡使用者はそのまま測定し、矯正の有無を記録

c)血圧

通法:血圧計は水銀式を使用

d)血液生化学検査

15項目を測定:総蛋白、アルブミン、GOT、GPT、γ-GPT、クレアチニン、総コレステロール、中性脂肪、カルシウム、無機リン(IP)、血糖値、IgG、IgA、IgM、RF(リウマチ因子)

e)骨密度

踵骨超音波法、Stiffnessで評価

f)体力測定

5項目を測定:握力、脚伸展力、脚伸展パワー、ステッピング、開眼片足立ち

3)アンケート:

a)生活習慣アンケート

咀嚼能力、QOL(フェイススケール)など多数

b)日常身体活動状況

厚生省寝たきり判定度基準、老研式活動能力指標、日常生活動作遂行能力など

Ⅱ-ⅱ.分析方法

1)口腔健康状態

a)記述統計

分析データの扱い:
岩手・福岡・愛知県のデータ(悉皆調査)→ 全国値
新潟県のデータ(サンプリング調査)→ 参考値

b)要因分析(個人単位)

※ 新潟市のデータも含めて分析

2)全身健康状態

a)QOL、ADL

b)身体的指標

分析対象は、検診会場来場者のみ
要因分析は、口腔健康状態を示す指標として現在歯数と咀嚼能力を用い、その他の要因から独立して有意か否かを多変量解析にて分析(離散変量…Logistic回帰分析、連続変量…重回帰分析)。

Ⅲ.結果および考察

1.口腔健康状態

1)記述統計

※ 本項で示す数値は、とくに断り書きがない限り、全国値(80歳)を示す

a)現在歯数

地区・性別にみた現在歯数

※ 健診の受診率が約7割であり、残る3割の現在歯数は少ない可能性が考えられる。新潟県の質問紙調査(回収率約8割)では、80歳の未回収者の現在歯数(自己申告値)は、回答者の約半分である。この結果を当てはめ、未受診の3割の現在歯数が半分(3本)であると仮定すると、真の平均値は5.1本となる。したがって、今回の調査対象地区における現在歯数の真の平均値は5~6本の範囲内であると推察される。

現在端数の分布

b)う蝕(未処置う蝕)
c)歯周
d)補綴:補綴物の装着状況、補綴の必要度

補綴処置が必要な者は、全体の2割強であり、うち総義歯が必要と判定された者は1割弱であった。

e)アンケート情報:

2)市町村規模別比較

市町村規模別にみた無歯顎者率と20歯以上保有者数

3)健診会場来場者と訪問健診受診者の比較

多数未処理歯保有者(10歯以上)の比較、総義歯が必要な者の割合

4)市町村単位の分析(現在歯数)

各市町村別にみた一人平均現在歯数

5)要因分析(個人単位)

a)現在歯数

現在歯数を目的変数として重回帰分析を行った結果、現在歯数の多寡について以下の関係が認められた。

70歳>80歳(※ 70歳の現在歯数は80歳よりも多いという意味)
男性>女性
福岡・新潟県>岩手県
喫煙なし>喫煙本数1日10本以上毎日の間食習慣なし>あり。
毎日の間食習慣なし>あり。

現在歯数に関する重回帰分析の結果

b)う蝕(未処置歯保有率)、歯周(ポケット歯率、AL歯率)

いずれの指標についても、現在歯数との関連が最も強かった

現在歯数別にみた未処置う歯率と歯周(ポケット歯率、AL歯率

c)咀嚼能力

全食品を噛めるか否か(1:噛める、0:噛めない食品あり)を目的変数としてLogistic回帰分析を行った結果、咀嚼能力の高低には以下の関係が認められた。

健診会場で受診>訪問健診を受診
口の中の不快症状なし>あり
唾液分泌が十分>不十分
現在歯数20歯以上>0本
必要とされる総義歯の装着あり>なし

また、現在歯数の代わりにイヒナー歯数を説明変数として用いると、C3(無歯顎)と比較してB2(咬合支持2ゾーン)以上が有意で、オッズ比は咬合支持が多くなるにつれ高くなる傾向が認められた。

咀嚼能力に関するロジスティック回帰分析の結果

d)受療行動

昨年1年間の歯科受療経験の有無(1:あり、0:なし)を目的変数としたLogistic回帰分析を行った結果、受療行動に以下の要因が関連していることが認められた。

有歯顎>無歯顎
口腔の症状が多い>少ない
かかりつけ歯科医あり>なし
歯・口腔に気をつけている>いない
男性>女性

受療行動に関するLogistic回帰分析の結果

e)カンジダ

カンジダのコロニー数が300以上か否か(0:300未満、1:300以上)を目的変数としてLogistic回帰分析を行った結果、カンジダ陽性率に以下の要因が関連することが認められた。

補綴物が大きいほど陽性率が大
快便なし>あり
毎日の飲酒なし>あり

カンジダコロニー数に関するLogistic回帰分析の結果

Ⅲ-ⅰ.全身健康状態

1)QOL、ADL関連指標(アンケートによる自己評価)

a)QOL(フェイススケール)

全身健康状態

【記述統計】
QOL良好者(スコア1)の割合は22%
(女>男、70歳>80歳)

【要因分析】
QOL良好者(スコア1)と非良好者(スコア6~20)2群化し、これを目的変数としてLogistic回帰分析を行うと、咀嚼能力、現在歯数ともに有意であった。
-咀嚼能力:咀嚼能力が高いほどQOLが高い
-現在歯数:現在歯10~19群でQOLが低い

QOL(フェイススケール)に関するロジスティック回帰分析の結果

b)老研式活動能力指標

いずれの年齢・性区分においても、咀嚼能力が高い人は活動能力が有意に高い傾向にあった。

2)身体的な指標

a)体格

(1) 身長

【記述統計】
平均値は、男性157.4cm、女性143.0cmで、全国平均(1996年度国民栄養調査)とほぼ同じ。
【要因分析】
重回帰分析の結果、女性では現在歯数が身長に有意に関連していた(20歯~>0歯:p<0.01)。

(2) 体重、BMI

【記述統計】
体重の平均値は、男性56.2kg、女性47.3kg)で、全国平均(1996年度国民栄養調査)よりもやや多かった。
【要因分析】
重回帰分析を行った結果、咀嚼能力が高い群は、低い群に比べ有意に体重が高かった。

体重に関する重回帰分析結果

b)血液

(1) 各血液検査値と口腔健康状態(現在歯数、咀嚼能力)との関連

【記述統計】
・年齢差が大きいもの: アルブミン、GPT(70歳>80歳)
・性差が大きいもの: 男<女:アルブミン、総コレステロール、カルシウム、無機リン、IgM
・男>女:GPT、γ-GTP、クレアチニン、血糖値、IgG、IgA
・異常値の分布: 総コレステロール、中性脂肪、血糖値の3項目は異常値の割合が多い
・異常値の数: 全体の73%が1~3個の異常値を持っている

各種検査項目の正常値と異常値(低、高)

【要因分析】
各検査値について、異常値を示すか否かを目的変数としてLogistic回帰分析を行った結果、いくつかの項目については、口腔(現在歯数、咀嚼能力)が有意に関連することが認められたが、説明困難な結果であった。口腔以外では、BMIとの関連を示す検査項目が多かった。

(2) 唾液生化学値との相関分析

同一検査項目について、唾液と血液検査値の相関係数を算出した結果、クレアチニンを除いて無相関であった。

c)血圧

【記述統計】
WHO分類でみた高血圧者は22%であった(全国値)。
新潟の参考値データでは、年齢による違いは認められなかった。

唾液検査と血液検査値の相関係数

【要因分析】
高血圧であるか否かを目的変数として、ロジスティック回帰分析を行った結果、口腔との関連は認められなかった。

d)視力

【記述統計】
視力0.6以下の割合の者は、全体の84%と多かった。
新潟市の参考値データでは、70歳のほうが視力が良好であった。
【要因分析】
クロス集計を行った結果、現在歯数が多い者・咀嚼能力が良好な者で、視力良好者が多かった。
以上の関連は、重回帰分析で他の要因をコントロールしても有意であった。

視力と咀嚼能力の関係

e)聴覚

【記述統計】
聴覚は、アンケートの質問「自分の耳で、家族や友人の話がよく聴き取れますか」で評価し、これに「はい」と回答した者は全体の約2/3であった(80歳全国値)。新潟市の参考値データで年齢差をみると、80歳のほうが聴覚問題なしの割合が低かった。
耳の聞こえが悪い人のうち、補聴器を使用している者は時々使用も含めて3割弱であった。
【要因分析】
咀嚼能力が良好な人は、聴覚に問題のない人がやや多い傾向にあった。
補聴器の使用率は、現在歯数が多い人のほうが高かった。

現在歯数別にみた補聴器使用率(60歳、よく聞こえないものに限定>)

咀嚼能力別にみた聴覚に問題のない者の割合

f)骨密度

【記述統計】
骨密度を示すスティフネス(Stiffness)指標の値の平均値は、男性71.6、女性57.1であり、男女差が非常に大きかった。新潟市の参考値データにより、年齢差みると、男女ともに80歳は70歳に比べてかなり低値を示した。
【要因分析】
Stiffnessを目的変数とした重回帰分析を行った結果、口腔は現在歯数、咀嚼能力ともに有意な関連が認められなかった。
骨密度と有意に関連していた説明変数は、年齢、性、BMI、ADLであった。

g)体力測定

【記述統計】
すべての測定項目について、男>女、70歳>80歳 最も年齢差が著しかった測定項目は、開眼片足立ち
【要因分析】
口腔が有意であった測定項目

口腔が有意であった想定項目

(1)握力

口腔は、現在歯数、咀嚼能力ともに有意ではなかった

(2)脚伸展力

口腔は、現在歯数、咀嚼能力ともに有意ではなかった

(3)脚伸展パワー

咀嚼能力が有意な関連を示した

(4)ステッピング

現在歯数が有意な関連を示した

(5)開眼片足立ち)

現在歯数、咀嚼能力ともに有意

脚伸展パワーと咀嚼能力との関連

ステッピングと現在歯数との関連

開眼片足立ち・40歳以上の者の割合 咀嚼能力との関連

開眼片足立ち・40秒以上の者の割合 現在歯数との関連

Ⅲ-ⅱ.全体総括

1)今回の調査でわかったこと

a)高齢者(80歳)の口腔健康状態の実態

・高齢者の口腔状態は良好とはいえない。
-一人平均現在歯数は男女合計で6.0本、「8020者」は全体の約1割。
-総義歯を必要としている者が1割近くいた。
-未処置う蝕を保有している者の割合が多かった。

b)口腔健康状態と全身健康状態の関連

有意な関連があった項目は以下のとおり:

全身健康状態を示す各指標と口腔健康状態(現在歯数・咀嚼能力

「現在歯数の多い人は健康状態が良好」「よく噛める人は健康状態が良好」という仮説は概ね支持された。