5カ国の歯科疾患実態調査からみた
高齢者の歯科保健状況

方法

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科で学んでいる留学生(歯科医師)を介して、海外においてこれまでに発行された歯科疾患実態調査を入手した。得られた資料を以下に示す。

No 報告書
1 韓国保健福祉部:国民口腔健康実態調査2000-口腔保健口腔保健意識調査-、ソウル、2001.
2 全国牙病防治指導組:第二次全国口腔保健流行病学抽様調査,人民衛生出版社,北京,1998.
3 Dental Health Division, Ministry of Health: The 4th National Oral Health Survey, Thailand 1994, Bangkok, 1996
4 Ministry of Health: The National Oral Health Survey 1994/95, Anura C Printers, Colombo, Sri Lanka, 1997.
5 Dept. of Health & Human Services, NIH: Oral Health of United States Adults National Findings ?The National Survey of Oral Health in U.S. Employed Adults & Seniors 1985-1986, NIH Publication, 1987.

これらの歯科疾患実態調査報告書は、アメリカ(1985-1986年)、中国(1995-1996年)、韓国(2000年)、タイ(1994年)、スリランカ(1994-1995年)で実施され、その結果が1冊の本にまとめられた国レベルでの歯科疾患に関する報告書である。

英語以外の言語で記載されているもの、例えば、中国語、ハングル、タイ語で書かれている報告書については、中国、韓国、タイの留学生に翻訳作業を依頼した。その際、留学生が直接日本語に翻訳することが不可能なため、現地語→英語→日本語と、2回の翻訳作業を行った。アメリカとスリランカの報告書は、英語で記載されていた。

各国で調査年は異なっていたが、対象となる高齢者の年齢階級及び実施している調査内容について検討を行った。

結果

それぞれの報告書に記載されていた高齢者の歯科保健状況の概要を以下にまとめた。

アメリカ 1985-1986年に調査が実施された。勤労者と退職者に分けて調査され、高齢者の歯科保健状況は退職者のデータを基本としている。年齢および人数は65-69歳:1,567名、70-74歳:1,643名、75-79歳:1,324名、80-85歳:751名、85歳以上:364名であった。有歯顎者のみの一人平均現在歯数は65-69歳:18.1歯、70-74歳:17.7歯、75-79歳:16.8歯、80歳以上:15.1歯、DFTは65-69歳:8.3歯、70-74歳:7.7歯、75-79歳:7.2歯、80歳以上:6.3歯であった。すべての対象者の20歯以上保有者率は、27.2%(男性26.3%、女性27.6%)であった。無歯顎者率は、65-69歳:32.1%、70-74歳:41.5%、75-79歳:45.0%、80歳以上:49.3%であった(資料1)。
中国 1995-96年に調査が実施された。年齢および人数は65-74歳:23,452名(男性11,805名、女性11,647名) であった。一人平均現在歯数は全体で18.1歯、有歯顎者のみで20.3歯、DFT者率は64.8%(男性61.8%、女性67.7%)、DFTは2.5歯であった。20歯以上保有者率は57.7%(男性60.0%、女性55.4%)で、都市部(60.8%)のほうが地方 (51.5%)よりも高かった。無歯顎者率は10.5%(男性9.2%、女性11.9%)であり、地域別にみると都市部9.7%、地方12.2%であった。また、根面う蝕所有者率は17.9%(都市部19.2%、地方15.3%)であった(資料2)。
韓国 2000年に調査が実施された。年齢および人数は65-74歳:1134名(男性449名、女性685名)、75歳以上:521名(男性170名、女性351名)であった。一人平均現在歯数は65-74歳:16.3歯(男性17.1歯、女性15.7歯)、75歳以上:10.4 歯(男性12.4 歯、女性9.5 歯)であった。DMFT者率は65-74歳:96.4%、75歳以上:95.7%であった。DMFTは65-74歳:11.9歯、75歳以上:14.9歯であった (資料3)。
タイ 1994年に調査が実施された。年齢および人数は60-74歳:1,101名(男性546名、女性555名)であった。一人平均現在歯数は全国平均18.1歯、都市部16.3歯、地方19.4歯、首都(バンコク)14.5歯、DMFT者率は全国平均95.0%、都市部98.2%、地方93.1%、首都97.5%、DMFTは、全国平均15.8歯、都市部17.6歯、地方14.4歯、首都20.4歯であった。20歯以上保有者率(機能歯)は47.2%であった。無歯顎者率は全国平均16.3%、都市部16.7%、地方15.7%、首都18.8%であった。また、根面う蝕所有者率は全国平均27.0%、都市部28.2%、地方24.4%、首都43.8%であった (資料4)。
スリランカ 1994-95年に調査が実施された。年齢および人数は65-74歳:1894名(男性902名、女性992名)であった。一人平均現在歯数は11.5歯(男性12.7歯、女性10.5歯)、DFT者率は64.5%(男性62.2%、女性66.5%)、DMFTは22.5歯(男性21.0歯、女性23.8歯)であった。無歯顎者率は、36.9%(男性33.3%、女性40.3%)であった(資料5)。

考察

5カ国の歯科疾患実態調査の内容を翻訳して、報告書に記載されている高齢者の年齢や歯科保健に関する指標について検討を行った。その結果、65~74歳を対象としたものが多かったが、国により高齢者の対象年齢は異なっていた。これは各国の平均寿命(韓国:男性70.6歳、女性78.1歳、中国:男性66.7歳、女性70.5歳、タイ:男性65.8歳、女性72.0歳、スリランカ:男性69.6歳、女性74.7歳、米国:男性73.8歳、女性79.5歳)が異なるためと考えられた。日本は世界一の平均寿命(男性77.6歳・女性84.6歳)を誇っているが、国際比較を行う場合、同じ年齢の高齢者を比較することが妥当であるか、検討していかなければならないと考えられた。

また、無歯顎者と有歯顎者とに分けて現在歯数を報告しているものがあるので、国際比較を行う場合には注意が必要である。日本では「8020運動」を推進しており、20歯以上の歯の保有を高齢者の歯科保健に関する一つの指標としているが、1981年にWHO/FDIが「65歳以上の50%が20歯の機能歯を保有するようにする」という数値目標を出したこともあり、海外においても20歯以上の保有者率を報告している国もみられた。

今回調査した5カ国の歯科疾患実態調査に受診率が記載されているものはなかった。また、対象者の自宅を訪問して歯科健診を行うなど調査方法もさまざまであった。全く同じ指標、同じ基準を用いて、高齢者の歯科保健状況の国際比較を行うことは困難であると思われたが、日本において適切な指標と統一した基準を検討し、高齢者の歯科保健に関する情報を発信していくことが重要であると考えられた。